大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

盛岡地方裁判所 昭和27年(行)17号 判決

原告 久保田兼松 外一名

被告 岩手県知事

主文

原告らの請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告が昭和二十七年三月五日附岩手り第六五二号買収令書をもつて岩手県九戸郡種市町第六十一地割百十三番の二山林九十三町一反八畝十歩のうち二十七町八反一畝十二歩についてなした買収処分はこれを取り消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

第一、岩手県九戸郡種市町第六十一地割百十三番の二山林九十三町一反八畝十歩はもと原告耕一の所有であつたが昭和二十七年一月十四日原告兼松がこれを買い受け同月二十一日その旨の所有権移転登記手続を経由したもので、現に原告兼松の所有である。岩手県農地委員会は昭和二十三年十月二日当時原告耕一所有の右山林のうち三十町歩について旧自作農創設特別措置法第四十条の二第一項第二号に該当する原告耕一所有の小作牧野として、買収期日を同年十二月二日とする牧野買収計画を樹て、同年十月三十日その旨公告の上、同日より二十日間書類を縦覧に供した。これに対し原告らは連名の上同二十四年二月中県農地委員会に対し異議を申し立てたが同二十六年七月一日却下され、更に同年八月三十日被告知事に訴願したところ、同二十七年二月二十五日右買収反別の実測面積が二十七町八反一畝十二歩である旨の裁決がなされ同年三月三十一日右裁決書謄本が送達され、次いで被告知事は所定の認可手続を経た上で原告耕一を相手方とする請求の趣旨記載の買収令書を発行し、これを同年五月一日原告耕一に交付して買収処分をなした。

第二、しかしながら前記買収処分は次の諸点において違法である。

(一)  前記買収地域は前記のように原告兼松において昭和二十七年一月十四日原告耕一から買い受け、同月二十一日その旨の所有権移転登記手続を経由したもので、前記買収令書発行以前においては既に原告兼松の所有となつていたのであるから、依然原告耕一の所有とし同原告を相手方として買収したのは買収対象物件の真実の所有者を誤つた。

(二)  右買収地域は一平土三十%以上の疎密度を有する林地であり放牧地ではないから、山林を牧野として買収した。

(三)  右買収地域内には訴外荒巻岩松、同荒巻清吉がそれぞれ約二十年前に開墾し耕作している一反四畝三歩および五畝十一歩の各熟畑があるから、既墾地を牧野として買収した。

(四)  右買収地域の大部分は屋根葺、木炭包装等の用に供するための萱を育成収穫するいわゆる萱刈場であり単なる養畜および堆肥採取のための採草地ではないから、旧自作農創設特別措置法第二条にいわゆる牧野でないものを牧野として買収した。

(五)  右買収処分は一筆の土地の一部買収であるにもかかわらず、その買収範囲が明確にされていないから、買収の範囲が不特定である。

以上いずれの点よりするも前記被告知事の買収処分は違法であり、その違法は取り消し得べきものであるからこれが取消を求めるため本訴請求におよぶと陳述した。

(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告ら主張第一の事実のうち原告ら主張日時、岩手県農地委員会が原告ら主張の土地につき旧自作農創設特別措置法第四十条の二第一項第二号に該当する原告耕一所有の小作牧野として牧野買収計画を樹立してその旨公告し書類を縦覧に供したこと、原告ら主張日時原告らが連名の上右買収計画に対し異議を申し立てたが却下され、更に被告知事に訴願したところ右買収反別の実測面積が二十七町八反一畝十二歩である旨の裁決がなされ、その旨の裁決書謄本が送達されたこと、被告知事が所定の認可手続を経て原告ら主張の買収令書を発行し、右令書がその主張日時原告耕一に交付されたこと、および登記簿上原告ら主張日時原告耕一から原告兼松にその主張土地の所有権を移転した旨の記載があることはこれを認めるがその余の事実は争う。同第二の事実のうち(一)の事実につき前記買収処分が原告耕一を相手方としていること、および原告ら主張日時その主張の所有権移転登記手続がなされていることは認めるがその余は争う。同(二)の事実を否認する。右買収地域は訴外荒巻万吉ら十名の者が昭和七、八年頃から採草の目的で借り受けている地域であり、樹冠疎密度も三十%以下である。同(三)の事実のうち、右買収地域内に一反四畝三歩および五畝十一歩の各開墾地のあること、および前者が約二十年前に開墾され、後者が現在訴外荒巻清吉が耕作していることは認める。但し前者は開墾後引続き耕作を継続して来たものではない。約二十年前に開墾されたがその後間もなく放置され前記買収計画の樹立後更に開墾され耕作しているにすぎないのであり、後者は右買収計画樹立後に開墾されたものであるから、いずれもこれを牧野として買収することの妨げとなるものではない。同(四)の事実を否認する。右買収地域は前記のように小作人らにより久しい以前から家畜の飼料および農耕用の堆肥を作るための採草に利用せられて来た農業用の採草地であり、明らかなる牧野である。同(五)の事実のうち、一部買収であることは認めるがその余の点を否認する。前記買収地域は客観的に特定しており手続上においても前記訴願に対する裁決書および買収令書にも右買収地域の実測図面を添付して原告耕一に交付しているのであるから買収範囲は特定されている。

以上のとおりであるから原告らの本訴請求は理由がなく、失当として棄却さるべきであると述べた。

(立証省略)

理由

岩手県農地委員会が昭和二十三年十月二日当時原告耕一所有の同県九戸郡種市町第六十一地割百十三番の二山林九十三町一反八畝十歩のうち三十町歩について旧自作農創設特別措置法第四十条の二第一項第二号に該当する同原告所有の小作牧野として買収期日を同年十二月二日とする牧野買収計画を樹て、同年十月三十日その旨公告の上、同日より二十日間書類を縦覧に供したこと、これに対し原告らが連名の上同二十四年二月中県農地委員会に対し異議を申し立てたが同二十六年七月一日却下され、更に同年八月三十日被告知事に訴願したところ同二十七年二月二十五日右買収反別の実測面積が二十七町八反一畝十二歩である旨の裁決がなされ、同年三月三十一日裁決書謄本が送達され、次いで被告知事が所定の認可手続を経た上で原告ら主張の買収令書を発行し、同年五月一日原告耕一にこれを交付して買収処分をなしたことは当事者間に争いがない。

そこで以下原告らが右買収処分の取消理由として挙げるところのものを順次検討する。

先ず第二の(一)の本件買収処分は買収対象物件の真実の所有者を誤つたとの主張について判断する。原告らは本件土地は昭和二十七年一月十四日原告兼松において、これを原告耕一から買い受けた旨主張し、原告ら間にその旨の所有権移転登記手続がなされていることは当事者間に争いがないが、前示認定の事実によれば原告らが本件買収計画の原告耕一を相手方として樹てられたに対し原告両名連署の上で異議を申し立てたが却下されたので、更に被告知事に対し訴願したのであつたがその裁決のなされるのを待たずに前示登記手続をなしたものであることが明らかであつて、このような場合特段の事情のない限り係争の落着まで係争物件の売却その他の処分等は一応これを見合わせるのが通常の事例と考えられるところ、当時原告ら間に本件土地の所有権を移転しなければならなかつたというような格段の事情のあつたことを首肯せしめるに足る資料のない本件においては前示のように公簿上原告耕一から原告兼松に所有権移転登記がなされていることの一事のみをもつては未だもつて真実原告ら間の売買により所有権が移転したものとは認め難い。証人梅内康美、上大沢喜八の各証言によつても原告ら主張の売買事実を認め難く、他にこれを認めるに足る証拠がない。

また仮りに原告ら主張のような売買があつたとしても、原告兼松は、原告らの主張によつても本件買収計画後訴願に対する裁決の直前の承継人であるから、当然旧自作農創設特別措置法第十一条の規定により右買収計画等の手続上の効力を受くべきものであり、同原告としても従来の買収手続にして瑕疵のない限り右買収手続の継続手続により買収されることのあるのを免れ得ないのであり、しかも前示認定のように前示買収計画に対しては原告耕一のみならず原告兼松もまた現に異議、訴願を申し立て、本件買収手続については原告兼松においても十分にこれを熟知して行政上の権利擁護のための手段を尽しており且つ本訴を提起しているのであるから、その後の手続において依然原告耕一の所有とし同原告を相手方として買収したとしても結局買収要件の成否にはなんらの影響がなく、且つまた旧自作農創設特別措置法等法律上与えられている行政ならびに司法救済上の諸権利を現実に行使し得たのであるから権利擁護の機会を不当に奪われた結果とはならず、実質的にはなんらの不利益をも被らなかつたものといわなければならない。そしてこのように具体的場合において買収の相手方を誤つたとしても、法定の買収要件の成否に影響がなく、且つまた異議または訴願等行政ならびに司法救済上の権利を現実に行使し得た場合には、法律が買収の相手方を真実の所有者と一致せしむべしとの要請に反するという形式的瑕疵は依然残るとしても、実質的にはなんら所有者の権利を害するところのないものといわなければならないのであるから、この程度の形式的瑕疵はそのような手続による買収処分を取り消さなければならないとする程の瑕疵に該当しないものと解するのを相当とする。従つて本件買収処分が原告耕一を相手方としてなされたのは訴願後の所有者の変更を看過したにすぎないのであり買収機関に酷のようでもあるが、真実の所有者でない者を買収の相手方となしたという点における瑕疵のあることは免れないけれども、そのような瑕疵は前記説明の趣旨において右買収処分を取り消さなければならないとする程の瑕疵に該当するものではない。

この点に関する原告らの主張は理由がない。

次に第二の(二)の本件買収地域は山林であり、牧野ではないとの主張について判断する。

検証および鑑定人武藤益蔵の鑑定の結果によれば、本件買収地域が北上山系に属する標高三百ないし四百米位の丘陵が四方に広がつて多数存在している丘陵地帯の一部であつて、その間に北から略南に走る四つの小嶺(以下これらの小嶺を東側から順に第一、二、四、五の嶺と仮称する)と北部の中間を東北方から西南方に走る小嶺(以下この嶺を第三の嶺と仮称する)があるが、これらの小嶺はいずれも南下するに従い勾配も緩かとなり、全体として北北西より南南東に向うなだらかな緩傾斜地をなしていること、そして右土地のうち立木の多く生立する地帯と見られる地域が主として略中央部を占める前記第二の嶺と第四の嶺の間の地域および、東南隅の第一の嶺と第二の嶺の間の地域の南側境界附近のみであつて、その余は第二および第四の嶺の各東向傾斜部分ならびに第四の嶺の西側傾斜部分にそれぞれ二、三十本または十本位の立木が疎に散立する程度のほか、その殆どが二、三尺位の萱、萩その他の雑草が密に混生する草生地であること、また前記中央部附近が直径十ないし二十糎内外、高さ五ないし八米内外の柏、栗等が生立し、本件買収地域中最も多く立木の生立する地域であるが、それとてもその樹冠疎密度は〇・三以下であつて、その間には比較的生育良好の萱、萩とその他の雑草が概ね六、三の割合位で密生している状況であり、更に前記東南隅の部分にいたつては高さ二ないし三米以下の柏、楢等の萌芽が密生するものの、該面積は一反歩そこそこであつて全地域面積に対すれば極めて僅少であることが認められるから、右認定の事実によれば、本件買収地域は本件買収計画樹立当時の状況において全体としてこれを草生地と認められ山林ではないものと認めるのが相当である。証人上大沢喜八、梅内康美の各証言によつても右認定を左右し難く、他に右認定を左右するに足る証拠がない。よつてこの点に関する原告らの主張は理由がない。

次に第二の(三)の本件買収処分は既墾地を牧野として買収したとの主張について判断する。

本件買収地域内に一反四畝三歩および五畝十一歩の各開墾地のあること、前者が約二十年前に開墾され、後者が現在訴外荒巻清吉がこれを耕作していることは当事者間に争いがない。

証人荒巻万吉、及川誠三の各証言に検証の結果を綜合すると、昭和二十六年六月頃県の牧野係員が現地調査のため本件買収地域に赴いた際には右開墾地には未だなんら発芽しているものはなくまた畑といつても耕起してから僅々三年位にしかならないように見受けられる状況であつたこと、昭和二十八年七月当時には右両開墾地のうち一反四畝歩の範囲には馬齢薯が、また五畝十一歩の範囲には稗がそれぞれ作付されてあつたが、その作柄はいずれも良好とはいえない状況であり、その整地状態および土質の成熟度よりみて当時においてもなおいわゆる熟畑と認め得られる程度には造成されてはいないこと等がそれぞれ認められる。右認定の事実を基礎とし、これを前記検証の結果等と考え合せ、現地に即して全体として観察するときは、右両開墾地の本件買収計画当時における現況は未だ原告ら主張のような熟畑の状況にはなかつたものと認められ、証人梅内康美の証言をもつては未だ右認定を左右し難く、他に右認定を左右するに足る証拠がない。

よつてこの点に関する原告らの主張も理由がない。

次に第二の(四)の本件買収地域は農業用以外の目的に供するための萱を育成収穫する萱刈場であつて牧野ではないとの主張について判断する。

本件買収地域内にはその殆ど全地域に亘つて萱、萩その他の雑草が混生しており、その間ところによつては萱、萩が他の雑草に比して多く且つその生育も良好と見られる部分もあることは前示認定のとおりであるが、証人荒巻万吉の証言、前記検証および鑑定の各結果によれば、元来本件買収地域が久しい以前から荒巻万吉ら十名の者が採草の目的で各その使用区域を定めて借受小作していること、これら小作人がいずれも右地域内に生立する前示萱、萩その他雑草を牛馬の飼料として採取し、そのうち萱の幾分かを屋根葺用等に供している程度であること、等の事実が認められるから、右認定の事実を綜合すれば本件買収地域はこれを農耕用の牧野と解するのを相当とすべく、原告ら主張のようにいわゆる萱刈場として農耕用以外の特定の目的に供されている地域とはとうていこれを認め難い。証人坂野秀松、館市太郎、梅内敏雄、梅内康美の各証言をもつては未だ右認定を左右し難く甲第三、四、五号証によれば本件買収地域所在地方では相当量の屋根葺用萱、木炭包装用萱の需要のあることを窺い得るがそのような需要があるからといつて本件買収地域の萱のみで充されるものともいい得ないのであるから右甲号各証によつても右認定を左右し難く他に右認定を左右するに足る証拠がない。よつてこの点に関する原告らの主張も理由がない。

次に第二の(五)の本件買収処分はその買収の範囲を特定していないとの主張について判断する。

本件買収処分が一部買収であることは当事者間に争いがない。そこで先ず検証の結果により本件買収地域の実地の状況を検討するに、右地域がその東側境は沢をもつて、西側境はその北部が沢、南部が旧八戸街道なる幅二間位の道路をもつて、またその略北側境は北東方から西南方にいたる高さ四、五尺位の木柵をもつて、更に南側境は隣接畑地との明瞭な切境をもつて、それぞれ買収除外地域との境界となしており、実地の自然の状況において明確であり客観的に特定していることを認めるに十分である。更にまた成立に争いのない乙第一号証、証人及川誠三の証言によつて成立の認められる乙第二号証、証人及川誠三、荒巻万吉、の各証言を綜合すると、右買収地域が前示荒巻万吉ほか九名の者が昭和七、八年頃から借受小作し、それぞれ乙第二号証の図面表示のようにその使用区域を定めて採草の目的に供して来たものであつたが、原告らから本件買収計画に対し訴願の申立がなされるにおよび、昭和二十六年十二月頃県農地課の係員が右地域の調査のため現地に赴き、前示小作人ら関係人を全部立会せしめて実地を実測した上乙第二号証と同様の本件買収地域の実測図を作成し、前示訴願に対する裁決書謄本および買収令書に当該実測図を添付して原告耕一に交付したことおよび右現地調査の際原告らにも通知したが立会わなかつたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠がない。

はたしてそうだとすれば本件買収地域は現地において客観的にその範囲が特定されているのみならず、買収手続上においてその範囲が明確というべきであるから、本件買収処分はその対象地域が特定しているものとみなければならない。よつてこの点に関する原告らの主張は理由がない。

以上いずれの点よりするも原告らの本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 佐藤幸太郎 西沢八郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例